2022年1月1日

2599.時代が止まった大規模な構内用配電線路 その2

上段回線を振り分けた後はこんな感じ。



一応ここでは、最下段にも区分開閉器を取り付けて、左側へ1回線を分岐していた。



続いて、黄色矢印の方向!最上段の方を追跡するとこんな感じだ。↓





引き続き、高圧ピンがいしによる旧式の引き通しが確認できた。


ここでは(右側)1回線を背後分岐
分岐先を追跡する前に、まずは本線の方を・・・↓


するとこんな感じ。


ダブトラを載せたもので引き留めだった。



そのダブトラもここは構内線であるから、東電の設備では見かけないものだ。




それでは次は数本戻って、こちらの分岐先を見てみよう。
分岐先は同じように、高圧ピンがいしの引き通しが続き。


配電線の交差点(交差分岐)が見えてきた。

こちらもいずれとも高圧ピンがいしの引き通しである。


この交差点を、まずは左側を見てゆく。


するとこんな感じ!


ダブトラを載せた高圧ピンがいしの引き通しが見えてきた。
トランスについては、円筒形をしているから東電仕様に見えがちだが、それとはやはり見分けを付けるためなのか、種類が違う。

低圧配電線は、スペースの関係で水平配列か




遠目で横!
クランプがいしよりもがいしが小さいから、あまり目立たない。



続いて背後w

低圧カットアウトはちゃんとある感じだ。







さぁ次は、こちらの黄色矢印を追跡!

一旦ここで区切る。


2598.時代が止まった大規模な構内用配電線路 その1

 2022年1月1日、元旦メインの撮影は、昭和50年代から時の止まった構内用配電線路が大多数残っている工業団地となった!

実はここもずっと前に通りすがりで撮影した覚えがあるんだが、当時は全然撮れていなかったので、再来したという感じとなった。w

元旦ならどこも営業してないから、撮りたい放題ww

今回は、そこが狙い!w


まずはここは、大口需要家向けに2回線の送電線が引き下げられる。



その後は2回線ずつ、別々で別系統で張られている感じだった。

まずはそのうちの右側に見えてきたものから追跡してゆく。

一応写真については、順番にまとめている。


ここでは、高圧用腕金のサイズは、近代の長さ1800mmを使用したものが目立つが





東電の管轄外で工業団地が独自で構内線を張ったようである。


奥の方まで高圧ピンがいしや10号中実がいしの引き通しが、ずらっと立ち並ぶ!


構内線のため、変圧器の取り付け方などに関しても、かつての東電の設備とは若干違う感じだった。

低圧配電線については、動力線、電灯線含めて水平配列が基本のようだ。

現在、東電管内の低圧配電線の配列は、動力線は水平、電灯線は縦型配列と決まっているが、大昔の東京電燈時代の昭和初期はこうだった。



高圧がいしに関しても!高圧ピンがいしや10号中実がいしによる旧式の引き通し装柱が大多数確認できる感じだった。

東電の管轄外のため、クランプがいしに交換されている箇所については、1つもない感じだった。

クランプがいしへ全部交換するとなるとかなりの費用がかかるから、そのままにしたのだろう。

しかしここは、結構規模が大きい大口需要家だと思うのだが、雷による断線被害はないのだろうか?

10号中実がいしの引き通しで、変圧器の設置箇所に避雷器があるとか、正にあの頃!

上段回線については特に古いようで、高圧ピンがいしの引き通しで、バインド線は昔の水色のものだった。

下段回線の方が少し新しいようで、10号中実がいしの方のバインド線は、近代も普及している頑丈そうな銀色のもの。



年式については、予想的中!昭和50年代!!w


昭和56年頃のようだ。



次は全ての高圧配電線を片側へ寄せたやり出し装柱だった。



同じように、上部はピンがいしの引き通し、下段は10号中実がいしの引き通し!

10号中実がいしの引き通しなら、まだたま~に、東電管内の設備で見た覚えがあったような気が・・・高圧ピンがいしの引き通しは、もう同管内ではないであろう。


架空地線支持がキャップとなっており、東電仕様であるから、今時この手のものが残っていることに関して!不思議な感じもしたのだった。



なお、この先で上部の1回線は振り分けられる。

次はその振り分けられた1回線から見て行く。


ここではジャンパー線の支持に高圧ピンがいしを使った旧式も当たり前に見ることができる!

下段の10号中実がいしが3つある単一腕金による引き通しに関しては、腕金の取り付け向きを見ると負荷側向きを意味したかのように右側向きとなっているが、ここはそうではなく、支柱の取り付けの関係でそうなったみたいだ。


長いので、ここで一旦区切る。

2597.鳥居型で十字交差




こちらも実のところ10年以上前に、通りすがりで撮影した思い出があったんだが、当時の撮影では満足が行かなかったため、再撮影という感じじゃのう。w



種類としては、鳥居型があるから、旧式でレアものというやつだな。

昭和40年代では、大多数あったことだろうが、最近ではめっきり見かけなくなった。





年式については、鉄筋コンクリート柱の製造銘板は1969年を示していたが



建柱年を示すプレートは、1974年。昭和49年か

ギリ昭和40年代ってところか


横!




反対側~w

これだけ撮れていれば、満足w


2596.分路リアクトルの下に低圧配電線

 


分路リアクトルは大型で、スペースもそれなりに必要であるから、低圧配電線を張る場合は大変だ。

そういったことから、よくこの装置は、一度高圧を振り分けた終端に取り付ける例もある。



しかしここは、そのまま!


やり出し装柱の引き通しで、その装置がそのままある感じだった。


そのため、低圧配電線はいつもの位置よりやや低めの位置を通過していた。

ここではそのような構成が!珍しい感じに見えたのだった。

最後に、背後より~w周囲は畑ばかりだから、遠くからでも見渡せた。
左側から鳥が飛んできているな。

2595.離隔腕金を使用したもので、架空地線の遮蔽範囲を広げたもの(地域特有・架空地線キャップに腕金を取り付けて遮蔽範囲を広げる。)

 ほっ!ここでようやく2022年!突入!w

2022年1月1日・元旦!

新年早々のこの日の撮影は、東武スカイツリーラインの一ノ割駅(急行は停まりません。)から歩き、ずっと前から撮ろうと思っていた工業団地の一昔前で時代が止まっている構内線の撮影がメインだった。

元旦は毎年、高確率で晴れるよな。(関東平野に限る?)




以前通りすがりで数枚写しただけで、ちゃんとした撮影ができていなかったのだった。

唯、普通の土日休みじゃ、撮影しているところが丸見えかもしれん。w

そんなわけあって、元旦早々の撮影となった。



その前に!

まずは道中で見られた中からレアものを選出し、掲載していこう。



まずはこれだ!



架空地線の支持についてであるが、この辺特有の構成となっている。

離隔腕金でこのポーズは、初見かなぁ架空地線キャップに腕金を取り付けて、架空地線の遮蔽範囲を広げたものについては、大体昭和55年前後の普及だったらしい。それに対し、離隔腕金が20年後に登場している。


それはといえば、架空地線キャップに腕金を取り付けたものだ。

今回はその手の構成で、高圧の支持に初期型離隔腕金を使用したものが見つかった!

この構成は、非常に珍しい!