根本付近の腐食を懸念しているのか、昔は地際付近を2本としたものがあったようだ。
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少し前まではジャンパー線支持は高圧ピンがいしだったようだが、撮影に来た時にはもう既に、真新しい10号中実がいしへ取り換えられていた。
しかし取り換え後も、以前使われていた高圧ピンがいしは残り続けたようで、両側にそれがあるのが見て取れる。
外せないのは、降圧耐張がいしのストラップと重ね付けされているからである。
本線は真新しいが、写真右側!道路でないところに施設された配電線は、昔からある当時物のようで、設備が突然古くなる! |
高圧絶縁電線は、昔よく普及していた細い銅線で、両引き留めと言う構成が木柱の強度によるのか中々ない。
特に架空地線付きに関しては、最近では皆無に等しい。
しかしここでは!
途中から架空地線が残った状態のものでそれが確認できた。
ちなみに木柱の発見については、神奈川の方が圧倒的に多いが、今回の発見は千葉となっている。
ここは偶然にも、道路出ない箇所に配電線が通っているから、その影響で、昔から特に設備が、いじられることなく、偶然にも設備更新されず、当時物で!木柱が3本連続で残っていたように思えた!!
これぞ正しく、昭和40年代物かと!
さっきの両引きの木柱では、高圧耐張がいしのストラップは一度取り換えた形跡が見られたが、こちらは直線ストラップだから当時物だ。
架空地線が残った木柱も、発見が極めて難しい。
神奈川の鎌倉の方では、元からそれはなかった箇所もあったようだからなぁ。なおさらだ。w
しかしよく2019年の台風に耐え抜いたもんだ。
ここは、周囲が雑木林に囲まれているから、そこまでの強風は吹かないか・・・
この耐塩高圧ピンがいしは、早くて1964年には普及していたものだったが、東電管内で見かけることはほとんどあるまい。
見たとしても、千葉限定かと
ここでは廃止された高圧引き込み線が残っていて
丁度その入り口付近に、ジャンパー線の支持用として使われていたであろう旧式の耐塩高圧ピンがいしが3つ確認できた。
それも支持物は木柱
奥の方では、終端箱も残っていた。
支持物に関しては古い木柱だが
高圧設備については、ジャンパー線の支持に限流ホーンをそばに取り付けたクランプがいしがあるなどしており、そこは最新鋭
木柱の年式は、1967年の模様。
奥には後2本の木柱があったが、そちらも高圧設備は最新。
以前は高圧絶縁電線に旧式の銅線を使用したもので、単相交流2線式の高圧配電線を張ったものがあったらしいが、その高圧配電線を三相3線式化したため、設備を全て新しいものへ取り換えたようだ。
両引き留めをする1本の木製電柱
下の方では見慣れない銀色のプレートを発見
ここで確認できたのは、昭和レトロな文字で
おまけ
周囲には後もう1本、木柱があった。