2022年10月29日

3071.動力線支持用に思えて、実はCVTケーブルのワイヤー支持用

 




特大サイズのDアームの上部に抱腕金があるのが見て取れたが、そこはいつもの3本中2本の動力線の支持ではなく、CVTケーブルのワイヤーを支えているものであった。

そのためか、腕金は頑丈そうに2本の抱腕金としたようである。



3070.低圧引き込み線の分岐のために突き出た腕金


 2本連続であり。

3069.若干古そうな子局

 



子局については、今やどんどん進化を遂げ、箱型や直方体仕様が登場しているが、今もなお郊外の山中では、時にには古い子局を見ることもある。




これなんかも多少古そうである。


名称を示す銘板には、時限式事故探査機(DC形)とある。

3068.負荷側向きの単一腕金に付く、がいし型変流器

 




負荷側向き(右向き)に取り付けた単一腕金は、1980年代までならではの設備である。




奥の方では頭上引き留めなどの鳥居型もずらり。

(架空地線は廃止済み。)

おまけ投稿:谷村線252号・廃矩形鉄塔

 


谷村線の廃矩形鉄塔は、山以外でプレートが今もなお見ることができる場所は、1か所だけある。



それが252号鉄塔であった。



見えにくいが、大正2年(1913年)6月と書かれているように思える。

廃止後もずっと残り続けた送電塔自体は、もう110年近くは経過しており、コンクリートの基礎部分も大きく砂利が見えるなど、破損しているところも見られた。

なお、プレートの固定については、ステップボルトと同時付けとしたようである。



内部のアームの組み方については、火の見櫓の鉄塔と同じような構成である。

あの頃らしい洋風っぽさが感じとれたのであった。


谷村線は、かつて実在していた桂川電力が建設したものだった。

かつて実在の東京電燈の所有となった頃には、一時期、東京電燈桂川線と名付けられた頃もあったそうだ。

昭和初期の東京電燈の50年史には谷村線とある。

(参考文献:電気工作物 震災豫防調査会(震災予防調査会) 調査書 大正13年12月30日発行、東京電燈株式會社開業50年史 昭和11年8月23日発行)