これぞ中国電力ならではの構成であろう。
同管内では、1つのDアームで2回線以上支持するのは基本であるから
その状況下で振り分けるとなると、このような構成となる。
というのは、抱Dアームでその先端に水平腕金を取り付けるという構造だ。
ちなみにだが、ここでは左手前に写るものと右側の2回線の振り分け箇所間では、高圧は接続されていない、この感じだと遠回りで別で張っているようだな。
これぞ変わった格好に見えなくもない?次いでこちらは、左奥で見えたものだ。
こちらについては、通常の水平腕金となっている。
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これぞ中国電力ならではの構成であろう。
同管内では、1つのDアームで2回線以上支持するのは基本であるから
というのは、抱Dアームでその先端に水平腕金を取り付けるという構造だ。
ちなみにだが、ここでは左手前に写るものと右側の2回線の振り分け箇所間では、高圧は接続されていない、この感じだと遠回りで別で張っているようだな。
こちらについては、通常の水平腕金となっている。
地方の配電柱では、引き込みなどの区分開閉器を取り付ける場合は、よく別の腕金を用意してそこに取り付ける例が多いような気がするんだが
(中国電力管内では、アームタイレスバンドのミニサイズの腕金に取り付ける例が多いきがする。)
ここは普通に均等配列による耐雪塩がいしによる引き通しで、単一腕金に開閉器がついていた。
旧中国電力配電南部変電所跡地へ到着~
ここでは変電所跡地の目の前にある2本の鉄柱の撮影となった。
数年前までは、まだ当時の変電所が残っていたようであるが、それは今は解体され、マンションとなっている。
配電線の鉄柱に関しては、四角柱でも発見困難であるが、ここでは2本だけ残っている。 他には呉市の方では、三角鉄柱も確認済みだ。 |
ここではその変電所跡地の目の前に、原爆の被害を免れた鉄柱(配電用四角柱)が今も残っている。
当時は変電所屋上より、高圧配電線を2本ある鉄柱の間に引き出すかのような形で張っていたようである。
この感じだと、当時その変電所から引き出していた配電幹線は6回線かな?
向こうを向いている腕金は合計6つある。
見た感じ、年式は書かれていないようだ。
↑ちなみにだが、現役当時の写真が付近の石像で展示されている。
変電所の建物については、別名、E.R.E 宇品御幸ビルとも言ったようだ。
爆心地から4キロ程離れていたことから、被害は窓ガラスが破損した程度で済んだようだ。
こちらは少し変わって!
柱の形が違う。
最近のは円柱が多いが、昔は四角柱が多かった。
なお、四角柱については、時山第一発電所付近?にもあるようだが、私はまだそこには行ったことがない。
ちなみにだが、ラインスペーサーのある方については、特に高圧耐張がいしは使用しておらず、ジャンパー線のまま続いているのがわかる。 ちなみに東電管内では、ラインスペーサーがある側にも高圧耐張がいしを取り付けている。 |